台湾の政治問題
新しい大陸との関係のなかで、台湾ではさまざまな法律や制度の変化が起きています。
新たに制定される「両岸人民関係条令」。
この条例では、共産党員の身分で大陸から台湾に旅行することや、大陸地区の組織や民間団体が台湾にその支部を設置することなどが初めて許可されることになりました。
また小・中学校の教科書では、「中共」あるいは「共匪」という呼び名が「中共当局」に改まり、鉄道や道路名など新中国になって付けられた大陸の地名がそのまま使われることになりました。
将来、大陸の選手団が台湾で開かれる競技会に参加する場合、中国の国旗「五星紅旗」や国歌「義勇軍行進曲」の使用も許されるともいいます。
鐵乱時期を終え、こうした制度の急激な変化を迎えたなかで、人々を敬馬かしたのは「独立台湾会摘発事件」でした。
裁乱時期終結宣言からわずか10日後の91年5月10日。
台湾調査局は台湾の独立を計画、宣伝し国家の転覆を企てたとして「地下秘密組織」独立台湾会のメンバー4人を逮捕しました。
この摘発の根拠になったのは「懲治反乱条令」という法律でした。